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風待くだもの店~その2~

更新日:2021年5月23日



それから数日は、特に何事もなく過ごした。

少年は、担任の先生に職員室に呼ばれた。

課題がらみの話が済んで、退出しようとしたとき「ちょっと」と呼び止められた。


「ねぇねぇ、高橋先生に持っていった、あの果物、どこで買ったの?」


「えっ」


「あれ、すっごく美味しくて、評判すっごくいいのよ」


「食べたんですか? 高橋先生用なのに?」


「高橋先生は残念だけど、新たに胃腸に疾患が見つかったらしくてね。大したことないみたいだけど、その間は普通の食事ができないの。生ものだから、ということで、お見舞いに行った先生方で頂いたわ。だけど、どれもすっごく美味しくて。あれを食べられないのは、不幸だわ。本当に。私も果物買いに行きたいから、お店を教えてほしいな」


「あぁ、えっと、駅前にある店です。風待くだもの店、っていう名前で、すごく綺麗なお姉さんがやってるお店です」


「ふぅーん、そんな名前の店、あったっけ?」


「実は、あの後、店の前を通ったんですけど、ずっとシャッターが閉まってまして。看板も出てないし、いつやってるのかも、よくわからないんです」


「ふぅーん?」


すぐに先生は、机の上にあるパソコンで検索をはじめたけれど、該当するお店は見当たらなかった。

少年はその後しばらく、このお店探しに付き合わされた。

パソコンの画面上でマップサービスを開いたりなど、いろいろ試したけどヒットしない。


本当にここ~? 


としつこく疑われたが、ほかに検索のしようがなくなったところで、ようやく少年は解放された。



その日の学校の帰り道。

テクテク歩いていると、「坂谷~」と後ろから声をかけられた。


岩倉だった。

彼女は、この遠慮がちな少年とは違い、男女が一緒に肩を並べて帰ることに、いちいち許可なんて必要ないという考えの持ち主らしい。

勝手に横に並んだかと思えば、特に脈絡のないことを、あれこれとしゃべりはじめていた。


「ねぇ坂谷。大学どこいくの?」


「えっ。えーと、東京のほうかな」


「地元には残らないんだ?」


「就職厳しいっていうし」


「そっか。坂谷はAクラスだし、頭だけはいいからね。はぁ。私も東京いこっかな~。こんなところにいても、いいことないし。……ねぇ坂谷?」


「うん?」


「私たち、付き合わない?」


「はぁ?」


「ほら、もし東京いくならさ、お互い、目標に向かって高めあえるっていうか。そういうの、いいじゃん? それに、大学近かったら、一緒に住んじゃったりして。そうすれば、アパート代を節約できるよ」


「はぁ?」


「例えばだよ、例えば。そりゃあ今の段階では、なにそれ、と私だって思うけれど、でも、そういう未来を夢見ても、いいんじゃないかな? モチベーション的にさ。もし、お互いうまく進学できて、一緒に住むことになったら、遊びに使えるお金も節約できるよね。坂谷だって、遊びたいでしょ?」


ふわりと風が吹いたとき、彼女の髪から、不自然な香水の匂いが香った。男子の心を絡めとろうとする悪意が、香水の匂いの強さに現れているということが、誰の目にも明らかだった。

しかし、嫌なにおいをさせるひとだ、とは少年には思えなかった。この少女の無邪気な悪意がわからないのは、世界中でこの少年ただ一人だけだった。

気になる女の子は、この歳にもなれば、一人や二人はいる。

でも、弱気なこの少年には、女の子に交際を申し込む勇気がなかった。申し込まれたこともなかった。


女子に交際を申し込まれたことは、光栄なことなんだ。

女子に交際を申し込まれたら、付き合うのが筋だ。


少年は、なんとなく、そう考えていた。


自分は岩倉さんに期待されている。期待には答えなければならない。

必要とされることは幸福なことで、その分を礼節をもって返してあげなければならない。

それが男というものだ。……。


少年は、彼女に押し切られる形ではなく、ちゃんと自分の意志で、この日から彼女と交際することにした。








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