こんにちは。八百屋テクテクです。
今回は、スピッツ「ガーベラ」について解釈していこうと思います。
この詞は、正直よくわかりません笑 なので、肩の力を抜いて、読んだまま解釈していこうと思いました。そうやって肩の力を抜いて、私が行き着いた結論が、世界崩壊後の話だった、という、なんとまあ真面目なのか不真面目なのか、よくわからないですね。
なんで、世界崩壊後の話なのか、というと、まずこのアルバム「三日月ロック」は、アメリカ同時多発テロの影響を結構受けているという点がひとつあります。影響をうけた結果、「世の中を元気づけるような曲を作ろう」という動機の曲もあれば、「世界の混乱をそのまま描いてみよう」として作った曲もあります。方向性はどうあれ、影響を受けているという点です。この曲もまた、影響を受けた曲なんじゃないかな、と読み取ったのが、世界崩壊後の話と私が解釈した理由のひとつです。
また、ガーベラというのは、イシス神の涙から生まれたという説があります。イシス神は、生と死を司る神様です。そして、涙は、悲しいときに流れます。何か悲しいことが起こった時に、ガーベラは産み落とされたのです。つまり、ガーベラが主題になるのは、神様が悲しくなるぐらいの大規模に、つまりこの世界に大きな変動があった時、というふうに、読み取れるんじゃないかなと。
これを踏まえて、詞を順番に眺めていきましょう。
ガーベラ 汚れたホシの隅 まだ何かを待ってた
アンテナ拡げて あてもない空 扉ふたつ開いて
「汚れたホシ」とは、たぶん、戦争により崩壊した世界のことだと思います。この解釈は、別に難しくないと思います。その崩壊した世界でも、「ホシの隅」にあたる部分には、かろうじて難を逃れた地域もありました。生き残った人々は、そこで細々と生活していたのです。
この規模の戦争だと、もし日本が巻き込まれたとしたら、たぶん東京、大阪はすでに消滅してしまっているんじゃないでしょうか。真っ先に狙われるのは、軍事基地のある市町村と、行政施設のある都市部です。八百屋テクテクのある福井は辺鄙なところなので、そのどちらにも該当しておりません。もし世界崩壊が起こったとしたら、このガーベラの舞台である「ホシの隅」は、福井かもしれませんね。
とにかく、残された人々は、そこで「まだ何かを待ってた」とのことです。この期に及んで、何を待つというのでしょう? 孤立した福井で救援物資を待とうにも、送ってくれる都市部は跡形もなくなってしまいました。核の汚染により、地表では作物が育たず、また空は分厚い雲に覆われています。核攻撃による爆死は逃れられたものの、飢えや病気による死は、避けられない状況です。
そんな絶望的な世界で、人々が希うもの……。
そうです。人知にあらざる力をもつ、神様の助けを待っているのです。救世主を待っているのです。
「アンテナ」は、宇宙に向かって交信するためのものかもしれませんし、人々の能力の覚醒の比喩的表現かもしれません。とにかく、そうやって、藁にも縋る想いで救助を待ち続けていた時、「あてもない空」から、突然「扉ふたつ開いて」くるのが見えました。
ハロー ハロー ハロー 闇の中 手が触れた
白い闇の中で
世界は「白い闇」に包まれています。核の冬という状態です。核爆弾が世界のあらゆるものを破壊し、燃やし尽くしました。その燃えカスが粉塵となって、世界を覆っているのです。
その中を、空間を切り裂いて現れた、この世のものではない存在。それに対して、人々は「救世主だ!神様だ!助けに来てくれたんだ!」と半狂乱になって叫びました。「ハロー ハロー ハロー」と。
この世のものではないものが、空間から伸ばしてきた手。それを人々は、汚れた手で受け止めます。そしてついに、手が触れました。
ガーベラ 都合よく はばたけたなら ここにいなかった
チープな定めで 流れ着いたよ 匂いのある花園
「ホシの隅」である福井にて、かろうじて生き残っていたマサムネさんは、こう呟きます。「都合よく はばたけたなら ここにいなかった」と。どこか別の、まだマトモな場所があるかもしれないから、福井を飛び出して別の土地探したい、と願っているのだと思います。もしかしたら、作物が育つ土地が地球のどこかに残っているかもしれない。国家として、まだマトモに運営されている国があるかもしれない。そう考えても不思議ではないでしょう。でも、翼もないので、福井でじっとしているしかないのです。
「チープな定め」とは、核戦争に至ってしまうまでの経緯のことだと思います。現代においては、世界には、何千回、何万回と滅びるだけの質と量の核爆弾が保有されています。一度火が付けば、もう誰にも止められない状況にあるのです。こんな状況にしてしまった、人類の愚かさは、チープとしかいいようがないですね。
人類の愚かさによって、戦争がはじまり、人類の愚かさによって、逃げまどい続けなければいけなくなった。そうやってマサムネさんがかろうじて流れ着いた先が、何もないゆえに目をつけられなかった、福井だというわけです。
最期の地、福井で、マサムネさんは、あの空間が割れる現象に遭遇することになるのです。
マサムネさんは思いました。「もし、この摩訶不思議なものが伝説のイシス神であるなら、この世界の惨状に、涙を流すに違いない。その涙は、伝説では、ガーベラになるはずだ。ガーベラの花園になるだろう」と。この時のマサムネさんもまた、まともな思考ができなくなっています。どうにもならなくなって、自分に都合のいい妄想ばかりが広がって、現実が見えていないのです。
ハロー ハロー ハロー ありのまま 受けとめる
今 君のすべて
ここまできたら、摩訶不思議の存在に、すべてを委ねる以外、もはや方法はありません。
割けた空間から伸びてきた、この世のものではない存在を、すべて、ありのまま受け止めます。
ハロー ハロー ハロー よろしくね 繋がってる
命に甘えて
ハロー ハロー ハロー ありのまま 受けとめる
今 君のすべて
マサムネさんが、この摩訶不思議な存在に、命を「よろしくね」と差し出したところで、この詞は終わっています。
はたして、この摩訶不思議な存在は、いったいなんだったのか。本当に伝説のイシス神だったなら、マサムネさんを生存させ、役割を与えるでしょう。でも、そうでなかったら……。
という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?
とにかくガーベラは、曲も詞も神秘的な感じがします。なので、誰が解釈しても、だいたい神秘的な話になるんじゃないかなと思います。
私は、こんな解釈になってしまいましたが、他にも解釈のしようが絶対あると思うので、ぜひともみなさんの解釈をきかせてくださいね。
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