八百屋テクテク2021年6月23日風待くだもの店~その11~いつから、幻想の世界に迷い込んでいたのだろう? 思えば、風待さんと話をしていたあたりから、どことなく、夢の中にいるような、そんな心地よさがしていた。 あの梅ジュースを飲んだことで、幻想の世界に入り込んだともいえるし、風待さんと話をしている最中に、催眠術をかけられたようにも思...
八百屋テクテク2021年6月23日風待くだもの店~その10~「そうです。僕は、女の子を泣かせてきました」 なんと弁明していいか、わからない。でも、黙っているわけにも、いかなくなった。 どんな表情をして、そう話しているのか、自分ではわからない。 ただ、風待さんは、さっきまでと表情を変えていないように思う。手元の動きは、止まっていたけれ...
八百屋テクテク2021年6月23日風待くだもの店~その9~少年は、歩いた。 岩倉さんは、そこに留まっている。 背を向けた二人の距離が、ゆっくりと開いていく。振り返ることもなかった。 別れてしまえば、たぶん、もう二度と口を聞くことはないだろう。 少年には、表情がない。 自分は、優しい人間などではなかった。...
八百屋テクテク2021年6月23日風待くだもの店~その8~少年は、悩んでいる。 たぶん、この少年がここまで悩んだのは、生まれてはじめてのことだった。 悩みは、ひとを大人にする。大人になりたくなくても、ならないわけにはいかない。 「あのさ、岩倉さん。さっき、誰と恋愛しようが、自由のはず、って言ったよね。今は、それも変わらない?」...
八百屋テクテク2021年6月13日風待くだもの店~その7~それから数日たっても、少年のもとには、世界史のノートが戻らなかった。 連絡手段がなかった。 岩倉さんの携帯電話は、たぶん、取り上げられてしまっている。 家族が管理しているか、ヘタすれば警察が管理しているんだろう。 とにかく、メッセージを送っても電話をかけても、なんの反応もな...
八百屋テクテク2021年6月5日風待くだもの店~その6~暗い気持ちで次の日を迎えた少年に、さらなる驚きが待っていた。 岩倉さんが、停学になっていた。 間抜けなことに、それを知ったのは、その日の放課後だった。 前日、先に帰ったことに激怒された少年は、律儀に教室でひとりで待っていた。 でも、待てど暮らせど彼女は来ない。...
八百屋テクテク2021年6月2日風待くだもの店~その5~その日の放課後の、帰り道。 「坂谷ぃ~」 と、また、追いかけてくる声がした。 岩倉さんだった。 彼女は、これまた、ずいぶん怒っている。そういえば、付き合ってから、彼女に怒られてしかいない。 「どうして先に帰っちゃうの? 待っててくれると思ったのにっ!」...
八百屋テクテク2021年5月29日風待くだもの店~その4~「坂谷ぃ~」 次の日の朝。岩倉さんが、登校中の少年をみつけて、声をかけてきた。 「あっ、岩倉さん、おはよう」 「ちょっと、昨日のあのメッセージ何? キモイんですけど? やめてもらえる?」 「えっ」 「『今まで自分のことばかりで、周りのことが見えてなかった気がする』とか、自分...
八百屋テクテク2021年5月23日風待くだもの店~その3~岩倉さんに交際を申し込んだその日。 彼女と別れてから駅前を歩いていると、風待くだもの店のシャッターが開いているのを見つけた。 あれだけしつこく調べたのに発見できなかった、風待くだもの店が、今は開いている。 運命的なものを感じた、というのは、さすがに大げさかもしれない。そこま...
八百屋テクテク2021年5月22日風待くだもの店~その2~それから数日は、特に何事もなく過ごした。 少年は、担任の先生に職員室に呼ばれた。 課題がらみの話が済んで、退出しようとしたとき「ちょっと」と呼び止められた。 「ねぇねぇ、高橋先生に持っていった、あの果物、どこで買ったの?」 「えっ」...
八百屋テクテク2021年5月17日風待くだもの店~その1~彼が通う高校の、地理の高橋先生が、病気で入院した。 そのためこの少年は、クラスを代表して、放課後、見舞いにいくことになっていた。 高橋先生は、特に人徳のある先生ではなかったので、 「見舞いに行きたいひとはいる? いないなら、代表で誰かいこうね」...
八百屋テクテク2021年5月15日風待くだもの店~序章~「昔は、梅の樹木がたくさんあったんだよね」 コーヒーの音をたてないように、こわごわ啜る少年。 そのカウンター越しで、風待くだもの店のお姉さんは、その艶やかな唇を軽やかに動かしながら、りんごを剥きはじめた。コーヒーを提供されてから今までで、オレンジ、グレープフルーツ、キウイ、...